リリースが現実的になった今、改めて振り返る「Duke Nukem Forever」の壮絶な歴史

2011年3月26日 17:40 by katakori
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「Duke Nukem Forever」

昨日、約1ヶ月の延期がGearboxからアナウンスされた「Duke Nukem Forever」ですが、これまでの3D Realms時代とは違い、もはやリリースはほぼ間違い無い状況と言え、14年に及ぶローンチにまつわる歴史が遂にハッピーエンドを迎えようとしています。

遂に華々しい凱旋を果たすデューク様を十分な理解でお迎えする為に、今回は永久に世に出ることが無いとも思われたDuke Nukem Foreverの歴史を今あらためてご紹介、アナウンス時に誕生した子供が中学3年生になる程の年月に起こった、意味不明でカオスな本作の運命を理解しておけば、本編のプレイもより一層楽しめるのではないでしょうか。

1997年4月28日:「Duke Nukem Forever」終わりの始まり

「Duke Nukem Forever」今を遡る事14年前、1997年の4月27日が記念すべきDuke Nukem Foreverにおけるエピックでフォーエバーな歴史の始まりです。

左記のイメージは発表された97年に発行されたPC Gamer10月号のカバーアートです。10ページに渡る特集と共に、3D Realmsが当時開発に携わっていた初代Max PayneとPreyに関する記事も掲載されており、3D Realmsが持つ業の深さが並々ならぬレベルの物である事を物語っている様にも思えます。

なお、PC Gamerには何枚かのスクリーンショットが掲載されていましたが、発表当初Quake IIエンジンでの開発が予定されていたものの、エンジンのコードをまだ受け取っていなかった3D Realmsは初代Quakeエンジンで作成したモックアップのイメージを間に合わせに掲載。スタート時から波乱の予兆としか思えない豪快でアクロバティックな荒技を見せつけています。

97年10月号PC Gamerの付録CD-ROMに収められているのが”Hexen II”(Raven Softwareの名作)という辺りも、歴史の重みを感じさせるところです。

1998年5月:E3で遂に最初のトレーラーが公開

初代Quakeエンジンで最初のスクリーンショットが作成されましたが、98年の5月に開催されたE3でのトレーラー公開にはQuake IIエンジンが間に合い、遂に初のインゲーム映像が収められたトレーラーが公開されました。しかし……。

1998年6月:Quake IIエンジンからUnreal engineに乗り換えを発表

5月のE3でファーストトレーラーを発表した3D Realmsでしたが、当時のEpicがリリースしたUnreal Engineによって描かれる広い世界に魅せられた3D Realmsのプログラマがエンジンの切り替えを提案、会議での満場一致を経てエンジンの鞍替えが決定し、6月にアナウンスが行われました。

この決定について、当時プロデューサーを務めていたGeorge Broussard氏は、エンジンの切り替えによる著しい遅れは発生しないと発言、1ヶ月から6週間以内にE3での完成度までこぎ着けるだろうと語っています。さらにE3トレーラーに収められた内容が損なわれることは無いと明言したものの、当時のプログラマの1人Chris Hargrove氏はこのエンジンの変更が開発の完全なリブートになると打ち明けていました。

1999年10月:Unreal Engineのアップデートに対応

1999年10月にはUnreal EngineがUnreal Tournamentリリースの為に行ったエンジンアップデートに対応する為に、Duke Nukem Foreverの更新を行っていると発表、さらに2000年にはDuke Nukem Foreverがリリースされるだろうとメッセージが記されたクリスマスカードが登場しています。

2000年:3D Realms内部の混乱が激しい暗黒の空白地帯

2000年は特に動きが見られない1年間でしたが、プロデューサーのGeorge Broussard氏が余所の新作タイトルに盛り込まれる新要素をあれもこれもと盛り込もうとすることから、社員達が彼の目に新作が入らないようにあれこれ苦心しているなどの冗談が話題になっています。

なお、2000年の12月5日にはTake-TwoがDuke Nukem Foreverの販売権を取得、当時これが更なるカオスをもたらす事になるとは誰も予想していませんでした……。

2001年5月17日:E3で新たなトレーラーが公開!

2001年5月に開催されたE3では、開発に不安を抱くファン達を諫める為に3年ぶりとなる新トレーラーを公開、Unreal Engineによってリッチに進化したDuke Nukem Foreverは多くのメディアに再び好意的な歓迎を受けることとなります。

誰もが遂に完成に向けてDuke Nukem ForeverとBroussard氏が動き出していると感じていましたが、この頃3D Realmsは共同創設者の1人が亡くなった上、財政的な理由からテキサススタジオが閉鎖、Take-Twoへの吸収もあり、ビジネス的なトラブルが始まっていました。

2002年:Take-TwoがDuke Nukem Foreverの新チームを結成し、エンジンの切り替えを発表

ビジネス的なトラブルが続く中、遂に2002年再びDuke Nukem Foreverの開発が振り出しに戻る決定がTake-Twoにより下されます。この年、Take-TwoはDuke Nukem Foreverの新しい開発チームの結成を明かし、新エンジンを用いて全て新たに作り直す事を発表しました。そんな馬鹿な。

2003年5月29日:Take-Twoと3D Realmsに亀裂「Take-Two needs to STFU imo」

Take-Twoが2003年内のDuke Nukem Foreverリリースは無いだろうとの見解を明らかにした事に対し、3D RealmsのBroussard氏がブチ切れ「Take-Two needs to STFU imo」と発言しました。発言の意味は”クソ野郎は黙ってろ”に近い内容(STFUはShut the fuck up、imoはin my opinion)で、DNFの開発チームはTake-Twoからの信頼を全て失う結果となり、以降Take-TwoはBroussard氏による計画が終了する事を望む様になります。

2004年:Doom 3エンジン使用の噂と”Karma”物理エンジンの採用が発表

Take-Twoとのトラブルから水面下に潜り始めたDuke Nukem Foreverですが、2004年にはGameSpotにDNFがDoom 3エンジンに乗り換えたとの噂が掲載、噂が一斉に広まるもBroussard氏がこれを否定、しかし新たな物理エンジンに”Karma physics system”を採用した事を明かし、当時素晴らしいクオリティの物理演算を実現したと賞賛されたHalf-Life 2を更に1レベル引き上げた物理演算を実現すると豪語しています。

水面下に潜り続けた2005年から2006年

この2年間はほぼ具体的な進捗が表面化する事は無く、2005年のE3に登場するのでは無いか?等の噂が囁かれていました。

しかし2006年1月には遂にBroussard氏がインタビューに登場、基本的な開発は既に完了しブラッシュアップを行っていると発言、そして2006年の終わりには幾つかのレベルとビークルのシーケンスを収めたデモンストレーションが行われる事となります。

さらに、Take-TwoがDuke Nukem Foreverのパブリッシュに関する再契約を結び、2006年12月31日までにリリースされた場合には3D Realmsに50万ドルのボーナスを提供すると発表。しかしBroussard氏はゲームを初期状態でリリースする事はまかりならんとこれをも突っぱねています。

しかし実際は多くの開発スタッフがDuke Nukem Foreverの開発延期に疲れ、同時に飽きており、開発規模は縮小する一方で複数の開発者がこの時期にチームを離れる結果となりました。でも、それでも、それでもやるんだよ!

2007年12月19日:四面楚歌の中「Duke Nukem Forever」の新トレーラーが登場!

誰もがもはや何と戦っているのか判らない様な状況が続く中、新たなティザートレーラーが登場、チラリと収められたプレイ映像は現在のビルドにかなり近づいた様に見られ、クオリティの高い表現と造形に多くのファンが心ときめかせました。

2008年:いくつかのリーク映像とスクリーンショットが登場

ティザートレーラーの登場により、一気にリリースへの熱が高まったDuke Nukem Foreverでしたが、リリーススケジュールに関する幾つかの噂が登場したものの、どれも具体化せず、この年はお馴染みJace Hall Showにて直撮りのプレイ映像がチラリと登場したり、リーク映像やスクリーンショットの登場に止まっています。

この頃3D Realms内部は本格的な資金繰りの問題に直面していました……。

2009年5月6日:3D Realmsによる「Duke Nukem Forever」プロジェクト完全凍結

2009年にはかなりのボリュームが収められたゲームプレイ映像などもリークされ、何らかの公式発表の登場に胸躍るシチュエーションが見られたものの、既に2000万ドル以上の予算を自腹で投じていたBroussard氏とプログラマーのScott Miller氏(NASAでアポロ計画に参加していたプログラマとしても知られる)と3D Realmsの会計的な危機は限界に達しており、背に腹は変えられない3D Realmsが遂にTake-Twoに600万ドルの開発予算を求めました。

初期段階でこれに応じたとされるTake-Twoでしたが、実際には250万ドルしか支払われず、完成を迎えれば250万ドルを上乗せする代案を3D Realmsに提示、このオファーを断ったBroussard氏は2009年5月6日を以てDuke Nukem Foreverの全プロジェクトの休止を決定しました。

2010年9月4日:3D Realmsを卒業したRandy Pitchford氏率いるGearboxが颯爽と登場、まさかの再アナウンスが現実に!

Take-Twoと3D Realmsの訴訟問題が泥沼化する中、かつて3D RealmsでDuke Nukemシリーズの開発に携わっていたRandy Pitchford氏率いるGearboxが訴訟問題の解決に立ち上がり、遂に2010年9月、シアトルで開催されたPAX PrimeにてIPも全て引き取ったGearboxによるDuke Nukem Foreverが再アナウンス、デビュートレーラーも公開され、2011年5月3日のリリーススケジュールも発表されました。

Gearboxの再アナウンス以降のとんとん拍子とも言える開発の進み具合はもう皆さんご存じの通りですが、GearboxとRandy Pitchford氏はこの壮絶な歴史を締めくくるに相応しいDuke Nukem Forever愛に溢れた素晴らしい取り組みを見せており、Duke Nukem Foreverが今も3D Realmsの作品であるとの見解や、14年に渡る開発に関わった全ての関係者をスタッフロールに登場させる為の専用サイトを用意するなど、出来る子ぶりを存分に発揮しています。しかし……

2011年3月24日:今度こそ鉄板かと思われた「Duke Nukem Forever」に1ヶ月の延期 < 今ココ

先日Gearboxが公開した延期のアナウンス映像

Gearboxの登場により大団円に終わるかと思われたDuke Nukem Foreverでしたが、先日なんと1ヶ月の延期が発表、北米で6月14日、それ以外の地域では6月10日となる新しいリリーススケジュールが明らかになりました。

しかし、今回の延期を知らせる映像は大きなユーモアに満ちたもので、新たなパブリッシャとなった2KのChristoph Hartmann社長もあと15年は待たせないよとウィットに溢れたコメントを発表するなど、余裕に満ちた安定感のある延期発表となっています。

という事で、遂に安心してリリースを迎えられそうなGearboxによるDuke Nukem Forever、しかし相手はなんと言ってもデューク様、ここから何が起こるか、パッケージをこの手に取るまで予断を許さない状況にあることも事実。6月にこの壮絶な歴史が遂にフィナーレの幕を下ろす事になるのか、この激動の歴史が迎えるエンディングに注目!です。

情報元:Gamestaq

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