10月27日の日本語版発売がいよいよ目前に迫る人気シリーズ最新作「マフィア III」ですが、今回はゼネラルモーターズの台頭や東西の宇宙開発競争、キューバとマフィアの関係について触れた50年代アメリカ特集の第3弾として、人種差別と公民権運動にまつわるトピックをまとめてご紹介します。
1968年のアメリカ南部を舞台とする「マフィア III」において、人種差別の問題は決して避けて通れない大きなテーマの1つであり、開発を手掛ける“Hangar 13”は正式アナウンス当初から当時の人種差別的な問題に踏み込むことを躊躇しないと強調していました。
また、本編の冒頭にはアメリカ南部における人種差別的な思想や不快な表現、態度をありのままに描くことが本作にとって不可欠な要素であり、実際に存在した(むしろ近年再び大きな問題となっている)恥ずべき事実を無視することは、差別や人種問題に直面してきた多くの人々に対する不敬であるという“Hangar 13”の強い思いが掲げられています。
こういった覚悟のもとで描かれる「マフィア III」の人種差別的な表現は、まさにアメリカの汚点とも言える当時の南部をそのままに切り取ったもので、ひいては南北戦争時代から連綿と続く南北白人社会のイデオロギー的な対立にまで及ぶ、ビデオゲーム史上類を見ないものとなっています。
予てからお伝えしている通り、リンカーン・クレイの激しい復讐劇を描く「マフィア III」は、こういった問題を知らずとも十分に楽しめるオープンワールドアクションに仕上がっていますが、1968年のキング牧師暗殺により内戦と言っても過言ではないほどの状況に陥った人種差別と公民権運動の問題は、リンカーン・クレイの悲劇が起こった背景やサル・マルカーノとヴィトおよびコミッションとの軋轢、一部の組織犯罪など、本作の至る所に深い影を落としています。
■ はじめに
今回ご紹介するトピックは、南部の州法や合衆国憲法、裁判にまつわる話題が多く少々硬い内容が続きますが、全てに共通する要素として、これらが何れもアメリカの白人層が抱える様々な恐怖に通底していることが挙げられます。
キンゼイ・レポートとして知られる1953年の研究報告から突如浮上した(それまでないとされた)女性の性欲に対する、独りよがりな白人男性の不能感に対する恐怖や、アカ狩りに及んだ共産主義への恐怖、白人の優位性を脅かす人種差別の問題とブラックパワーの台頭など、妄執的とも言える恐怖の歴史は、同時に大きな揺り戻しで時代を前進させる原動力でもあり、こういった社会的/実存的恐怖のテーマは、人種差別を真っ向から描く「マフィア III」を含め、様々なコンテンツに強い影響を与えています。
“猿の惑星”をはじめ、マシスンの“アイ・アム・レジェンド”、男性性の危機と不能感を象徴した“縮みゆく男”、スコセッシやスティーブン・キングの作品など、寓意的な描写と影響は枚挙にいとまなく、人種的マイノリティの側から白人に対する直接的な行動を描いた「マフィア III」もやはりこういった表れの1つに違いありません。
今回ご紹介する人種差別のトピックは、本編のストーリーに大きな影響を与える背景の一因であると同時に、作品全体の裏に流れる南部支配層の恐怖に通じるものでもあり、今なお続く人種差別の埋めがたい軋轢の深さを示す事例とも言えます。
前回、エルヴィス・プレスリーとロックンロールの台頭に絡めて、アメリカ南部の徹底した人種分離政策に関する話題をご紹介しましたが、アメリカでは1865年に南北戦争を通じて達成された奴隷制度の廃止と、合衆国憲法による法の平等と公民権が保証されたことによって、一旦は黒人と白人の平等が実現されたものの、ご存じの通り人種差別が無くなることはありませんでした。
特に南北戦争後も奴隷制の維持を試みた南部では、黒人の使役を巧みに合法化する州法が次々と制定され、交通機関や学校、レストラン、病院、トイレといった公共性の高い施設が黒人と白人向けに分離されただけでなく、一部の州では人種間の結婚・交際まで法律で禁じられる状態となっていました。(※ 「マフィア III」の主人公リンカーン・クレイは孤児として施設で育ち、どちらの社会にも属することができなかった)
こういった南部の人種分離政策は、鉄道車両の隔離を違法とする訴えを巡り1896年5月に最高裁が「分離すれども平等」という考えのもとで下した判決によって、“人種分離は差別に相当しない”という前例と法的な根拠を得て、隔離をより強固なものとしたことが知られています。
しかし南部における“分離すれども平等”の精神は、文字通り絵空事のごまかしで、州から捻出される教育・学校関連を含む様々な予算や給与には大幅な開きがあり、奴隷制度の廃止に伴い黒人男性に与えられた選挙権を、投票に白人・黒人一律の人頭税の納入証明や読み書きの試験を課すことで実質的に剥奪するなど、人種差別は存在しないという建前とは裏腹に全く平等ではありませんでした。
余談ながら、公の建前として存在しない“人種差別”と同じく、CIAと深い関係にあった“マフィア”そのものも、実際には長きに渡って公には存在しないものとされており、同じ社会の暗部をないものとするこの奇妙な合致は、これまでの特集を通じてご紹介してきた50年代の栄華が虚像だったことを象徴する出来事だと言えます。
■ 人種分離を違憲とした1954年の「ブラウン対教育委員会裁判」
こういった状況から、黒人グループの分離に対する抵抗や訴訟は遅々として成果を上げませんでしたが、1951年に小学生の娘を近所の公立小学校に受け入れてもらえなかったオリバー・ブラウンという黒人の父親が、カンザス州の教育委員会を相手取り、学校の人種分離が平等な教育の機会を奪うものだとする訴えを起こしました。
“ブラウン対教育委員会裁判”と呼ばれたこの裁判は、前述した“分離すれども平等”の是非を問う困難なものであり、全米黒人地位向上協会の支援を得て最高裁まで持ち越された判決は、予てから分離と平等の形骸化に決着を付けねばならないと考えていた最高裁判所によって9対0の全会一致で「公立学校における人種隔離は違憲である」とされ、遂に人種分離の定義に法的な終止符を打つと共に、南部白人層の分離主義者から正当性と法的な根拠を奪うことに成功しました。
これは、南北戦争の終結から90年を経て、ようやく黒人の地位向上を切り開いた大きな変革の瞬間であり、これを機にマスメディアを巧みに利用したキング牧師やマルコムXによって大規模な公民権運動が本格化する新しい時代を迎えたのです。
そして、この革新は血で血を洗う黒人と白人の新たな闘争の幕開けでもありました。
教育機関における分離を違憲とした最高裁の判決は、マスコミの大きな報道や人種差別に対する議論の高まりを生み、公民権運動の本格化を後押しするきっかけとなりましたが、これは同時に南部の白人層による大きな反発を生む要因の1つでもありました。
急進的な南部白人層や市民会議の反撃は、経済的・社会的な圧力や時には直接的な暴力、一線を越えた殺人事件にまでおよび、1955年8月には、白人女性に口笛を吹いた14歳の黒人少年を2人の白人男性がリンチし、目をくりぬき頭を撃ち抜いた上、有刺鉄線で重りを結びつけ川に投げ捨てるという痛ましい事件が発生しました。
少年の葬儀は、白人による残虐な仕打ちを世に知らしめんと考えた母親によって遺体の棺を開けたまま執り行われ、黒人メディアや活動家、新聞メディア等を含む数千人がこれに参列し、遺体の写真と共に大きく報道されたことで、公民権運動と人権問題がアメリカ全土で広く報道されるきっかけとなる大きな転換点となったのです。
■ 黒人学生9名の登校を巡って、州軍や米陸軍が出動した「リトルロック高校事件」
前述した“ブラウン対教育委員会裁判”による分離の違憲判決に伴い、アメリカでは学校の人種統合が順次進められる変化が訪れましたが、同時にこれを受け入れる白人と新しい環境へと踏み出す黒人の間には、当然ながら大きなトラブルが予想されました。
その予想が衝撃的な事件として現実のものとなったのは、南部で最も人種問題に穏便であり、判決以前から独自に一部教育機関の人種統合を進めていたアーカンソー州のリトルロックにあるセントラル高校でした。
1957年のセントラル高校に入学する9名の黒人生徒は、段階的な統合の拡大を図る教育委員会によって80名近い候補の中から慎重に選ばれた優秀な生徒達であり、前述したアーカンソー州の取り組みもあって、誰もがここに大きな問題が生じるとは考えていませんでした。
しかし、実際のところアーカンソー州リトルロックで人種問題に理解を示していたのは中~上流階級の白人層であり、貧困層の子供達が通うセントラル高校の白人の親達は分離主義を掲げる市民会議の支援を得て、人種統合に強い反対と怒りを掲げ、州知事に人種統合の中止を要請。
アーカンソー州のフォーバス知事は、リトルロック・ナインと呼ばれた黒人生徒9名の登校を阻止すべく暴徒と化した白人の群衆が学校を取り巻く状況に、治安を保つことができないと判断しアーカンソー州軍100名を出動させ、あろうことか暴徒化した群衆と白人の生徒を守り、黒人生徒9名の入学を阻止する事態となりました。
この数日後には1000人規模の白人達が学校を取り囲むなど、事態が悪化の一途を辿るなか、遂にアイゼンハワー大統領が重い腰を上げ、連邦法を遵守しない知事の行動を人種差別の問題などではなく、国家に対する反乱とみなし、なんとアメリカ陸軍第101空挺師団をリトルロックへと派遣。数週間に渡って毎日リトルロック・ナインを警護し、彼らの登校を守り抜いたのです。(ただし、9人の生徒にはその後も酷い嫌がらせや組織的な妨害が続いた)
陸軍の派遣を含め、1ヶ月以上続いたこの事件はTVやラジオメディアで連日センセーショナルに報道され、公民権運動にメディアの利用が有効であることを証明し、以降キング牧師やマルコムXの登場など、公民権運動の舞台は新たなステージへと向かうことになりました。
「マフィア III」の舞台となる1968年は、既に64年の公民権法が制定済みで、一部政府機関には雇用差別の是正措置が義務づけられ優先的な“人種枠”が設けられるなど、法的には人種差別が終わりを告げた時代を描いています。
ただし、こういった人種の優先枠を汚い言葉で罵倒する白人が本編に登場するなど、人種隔離や差別に終わりはなく、1968年に起こったキング牧師の暗殺直後には125もの都市で大規模な暴動が発生。黒人解放を掲げ武装蜂起を呼びかけたブラックパンサー党が台頭し、内戦に近い大きな混乱は1970年代初頭まで続きました。
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