Naughty Dogのクリエイティブディレクターを務め、歴史に残る名作となった”Uncharted 2: Among Thieves”を生み出したAmy Hennig氏、Atariから1989年にリリースされたElectroCopを始め多くのタイトルを手掛け、ゲームの歴史を生き抜いてきたベテラン開発者でもあるHennig氏のインタビューがGame Informerに掲載されました。
インタビューではこれまでの経歴等を振り返りつつ、技術の発展と共に変化してきたゲーム開発の現場やその手法について語り、近年の大規模開発の現場におけるクリエイティブディレクターの役割等にも言及、そしてマーク・ウォールバーグの主演が決まり、物語の内容を始め大きな話題の的となっている映画版「アンチャーテッド」にも言及、映画に対するNaughty Dogの姿勢が窺える興味深いインタビューとなっています。
本日はインタビューの一部を要約しつつ、気になる箇所をご紹介。なお氏の経歴については以前当サイトでお知らせしたAmy Hennig氏の経歴を紹介した記事に似た内容がまとまっていますので、今回は割愛いたします。
まずAmy Hennig氏は1989年に始まるゲーム開発の道を振り返り、前述のElectroCopに始まり、Bard’s Tale 4のアーティストやアニメーターとして活躍した事、迷作として名高いMichael Jordan: Chaos in the Windy Cityのリードデザイナーを務めた事などを紹介しつつ、この20年強に及ぶ長い歴史の中で起こったテクノロジーの進化に言及、音声が使える様になって俳優の仕事が増えたことや映像表現の進化に触れています。
そして、Naughty Dogのクリエイティブディレクターとしての役割について尋ねられたHennig氏は「私は多くのクリエイティブディレクターの役割が最近かなり似てきていると考えていて、それはプロジェクトの全体的なビジョンを維持する事です」と回答しています。
現場でのHennig氏はゲーム開発における基本的なディレクションだけでは無く、モーションキャプチャーに取り組む俳優達との仕事なども含め、ディレクターとして常に全体へと目を向け、スタッフ達には細部に向かって十分な物作りに取り組めるよう見渡している事を強調しています。
さらに氏は自身のケースにおいては重要なライターとしての役割も持つと述べ、現在開発を進めているタイトルにおいてはHennig氏がメインのライターに近い仕事を行っている事を明らかにしました。
前作”Uncharted 2: Among Thieves”ではライターチームも存在しており、日々彼らが作成するドラフトやチームから出されるアイデアなどを含め、1日の終わりにはそれらを結合するための書き仕事を行い、その後、それを元にしたモーションアクター達による演技が実際にキャラクターを活き活きとさせているか確認を行うといった、日単位レベルの短いスパンで繰り返されるルーチンが持つ継続の重要性を語っています。
さらにインスピレーションの源泉について聞かれた氏はメディアに関わらず様々な経験の合成物が影響を与えている事を明かし、興味深い事に自身では無く他者のアイデアについて言及、様々な共同作業を行うチームでの現場でこそ誰か1人が良いアイデアを持っているかもしれないと述べ、それらを組み合わせ、共に挑戦する空間こそが魔法のやって来る場所であり、ゲーム産業が持つクールな要素だと説明しています。
インタビュー後半では、近年アンチャーテッドを含む多くのゲームフランチャイズが映画化される状況の中、この動きがブランドが持つ資本や認識を増す事になるかとの質問が行われています。
Amy Hennig氏は以前お知らせした様に元々は映画を学んでいた人物で、近年の多く見られるゲームの映画化について無関心な人物ではないと考えられます。この質問に対しHennig氏は自分達のオーディエンスは想像以上に洗練されていると思うと発言、人々はゲームと映画が違うメディアである事を理解し、そこには異なる解釈が存在するとの見解を示しました。
よって氏は映画とゲームが並行して存在出来、分離可能な物だと語り、ゲームと映画がどちらかの奴隷であるような盲目的な解釈に同意する人は誰もいないだろうと述べ、それぞれのメディアにそれぞれの正しい方法が存在すると発言しています。
そして、盲目的に、リテラルにゲームを再現しようとする事は多くのビデオゲーム映画が失敗する原因だと未だに成功作の登場しないビデオゲーム映画について分析しています。
Game Informerは前述のやり取りを経て、サイトでのコメントやフィードバックに寄せられた意見の中には、アンチャーテッドが強い物語による駆動性を持ち合わせている事によって映画化の必要性が薄いのではとの指摘があった事を挙げ、近年の”ゲームが映画化している事”が、”ゲームが映画を必要としない事”を意味しない理由があるか、また、2つのメディアに違いがある中で、双方にそれぞれの聴衆がいるだろうか、との質問を行っています。
この質問にAmy Hennig氏は双方の為の聴衆が常にいるとの考えを明かし、今も多くの映画で小説化が行われる事、映画のグラフィックノベルが作られる事などを挙げ、それぞれのメディアがそれぞれを利用する事ができ、メディア毎に違った経験を提供する事が出来るとメリットを説明しています。
ここで氏は映画とゲームの違いをかなりシンプルに、映画はパッシブなメディアであり、ゲームはアクティブなメディアだと明言、しかし自身も含めゲームメディアはその境界を常に拡張しようとしてきた事を自認している事を述べ、近年カットシーンなどプレイヤーからコントロールを奪う時間が増え、そこでストーリーの経験を強いる必要性が有る場合には如何にその時間を短くする事が出来るかを考えていると明かし、プレイヤーがインターフェースとコントロールを通じて操作を行っている時間が多いほど、ゲームはエモーショナルな物になると語っています。
そしてアンチャーテッドの映画に携わる事となったArad Productionsとデヴィッド・O・ラッセル監督について言及、Arad Productionsは多くのマーベル映画で見られる通り、コミックを実際に良い映画に変換する方法を実現したプロダクションだと評価、そして非常に優れた映画だったスリー・キングスを生み出したデヴィッド・O・ラッセル監督の起用に興奮していると述べ、彼らがアンチャーテッドの映画化を上質な物に仕上げようと取り組んでいる事を強調しました。
この数日で映画化に関する物語の詳細なども登場しはじめ、独自の解釈とも思える内容に大きな注目と議論が行われていますが、今回のAmy Hennig氏、ひいてはNaughty Dogの映画に関する見解からは、これまでともすればある種の揶揄の対象でもある”ビデオゲーム映画”化とは少し違った動きを感じる事が出来、ここにはKen Levine氏やウォーレン・スペクター氏といった映画に精通したゲーム開発者達の見解とも似た種類のスタンスが感じられます。
ゲームと映画の言語以前の問題として、所謂ビデオゲーム映画に多く見られる”単純にクオリティが低い”という根本的な問題も存在しており、その単純なクオリティの追求を文法やメディアの意義といった”大きな問題”に同化させ問題が語られるシーンが多く見られる状況もあり、世界でも最も先進的なスタジオとして語られる事の多いNaughty Dogがこのチャレンジにどういうアウトプットを見せる事になるのか、公開などはまだ先ながらもアンチャーテッド映画の登場が今から楽しみです。
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