前回の第7回特集は、「ディスコ エリジウム」の舞台となるマルティネーズ地区の状況をもとに、序盤の主要キャラクターと幾つかの勢力に関する情報をまとめてご紹介しました。
第8回となる今回の特集は、本作の舞台である“マルティネーズ地区”そのものに焦点を当て、絵画的なビジュアルのオープンワールド環境に関する技術的なトピックやストーリーテリングの手法、さらに幾つかの名所・見所をまとめてご紹介したいと思います。
参考:「ディスコ エリジウム」特集のリンク
- 第1回:傑作と謳われた「ディスコ エリジウム」は何が特別だったのか、発売当時の現象を改めて振り返る
- 第2回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の基本的な概要と魅力、日本語版のインプレッション
- 第3回:THE WIRE/ザ・ワイヤーから共産党宣言まで、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に影響を与えた作品について – 前編
- 第4回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の基本的なゲームシステムについて
- 第5回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」における“スキル”とは何か?
- 第6回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の最も奇妙なシステム“思考キャビネット”について
- 第7回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に登場する個性的な登場人物達と主要な勢力
- 第9回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に影響を与えた作品について – 後編
- 第10回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の作品世界“エリジウム”と政治ビジョンクエストについて
これまでの特集を通じて、「ディスコ エリジウム」の様々な要素を掘り下げてご紹介してきましたが、見事に作り込まれたマップやSea Power(旧:British Sea Power、昨年8月に改名)が手がけた素晴らしい楽曲を含むサウンドについてはほとんど触れていなかったため、今回はマルティネーズの名所案内を兼ねて、まるで絵画の中を歩いているようなビジュアルが印象深い本作のマップデザインに焦点を当ててみます。
第4回特集にて少しご紹介した通り、「ディスコ エリジウム」のオープンワールド環境は、端から端まで横断しても僅か数分程度と非常に小規模ながら、ありとあらゆる場所に手がかりや発見、ストーリーの断片がちりばめられており、名だたるAAAオープンワールドゲームと比較しても遜色のない品質の環境として高く評価されています。
■ 絵画的なマップの開発について
アイソメトリック手法で描かれた本作のオープンワールド環境は、前述の通りAAA規模の超大作に比べれば確かに小規模なものですが、実のところ屋外マップに用いられるプリレンダのテクスチャサイズは、100億ピクセル(10万平方px)に達しており、2Dのアイソメトリック作品としては破格の規模だと言えます。また、ZA/UMはこのサイズのマップを無理なく動作させるために、カーマックがかつてid Techで使用していた懐かしいMegaTextureに近い仮想技術を利用しています。
ZA/UMは本作の開発におけるアイソメトリック手法の技術的なリファレンス、そしてあわよくば超えるべき目標として、Obsidianの傑作『Pillars of Eternity』を掲げており、魔法から放たれる光がプリレンダの2D背景をまるで3D環境のように照らすPoEに近い動的ライティング技術を実装しているほか、ゲーム内の時刻に応じて変化する動的な環境光や天候表現といった技術も実現しています。
また、屋内と屋外を含む全てのマップには、Aleksander Rostov氏による絵画的なペイント処理(ポストプロセスのエフェクトや絵画風シェーダーではなく、文字通り“手で塗っている”)が施されていて、一目で本作の印象を決定付けることに成功していますが、これは絵画的な筆致に見えるテクスチャを予め用意しているのではなく、なんとレンダリングを終えて2D化したテクスチャ(具体的にはカラーマップ)に直接上から筆を重ねていく、考えただけで気の遠くなるような手間を掛け、絵画作品のように見えるオープンワールド世界を作り上げています。
動的ライティングとカラーマップを“塗る”ことについて、もう少しだけ補足しておくと、前述の通り本作のマップは一旦3Dモデルで全ての環境を構築した上で、アイソメトリック用のカメラで撮影し、ゲームの背景に使用する2Dタイルを書き出しているわけですが、3Dモデルの撮影時にはカラーマップだけでなく、前後の重なりに用いるハイトマップ、動的ライティングや昼夜サイクル・環境光に使用するノーマルマップとシャドウマップ(屋内環境の場合は差し込む光を再現するライトフィールドマップも)、2D化した背景の後処理に役立つマテリアルのクラウンパスを同時に生成しており、その後カラーマップを手作業で上塗りするペイント工程を経て、他に類のない絵画的ビジュアルと動的ライティングの共存を実現しているわけです。(※ ちょっと何かの配置を変更した場合、通常なら再レンダリングして終わりですが、本作の場合は手描きのペイントをやり直す必要があり、相当な手間になってしまいます)
なお、本作のリードアーティストを務めたKaspar Tamsalu氏は、自身とAleksander Rostov氏の2人が芸術を学んできたものの、ビデオゲームの開発経験は全くなく、ゲーム開発におけるアートの技術的な側面は全く未知の領域だったことから、前述のようなスタイルを模索する実験は限りなく刺激的だったと振り返り、多くのゲームアートが他のゲームアートを模倣・踏襲しているなかで、自分達は得意とするものをとことん追求したと説明しています。
なお、本作のビジュアルはこういった2D背景と3Dキャラクター、さらに一部の3Dオブジェクト、幾つかのポストエフェクトを組み合わせて全体的なビジュアルを構成しているのですが、3Dキャラクターやオブジェクトにも絵画的な背景と違和感なくマッチするよう興味深い工夫が用意されています。こちらについては次回の“影響を受けた作品”後編の特集にて改めてご紹介します。
■ 本作のマップに用意されたストーリーテリング
冒頭で「ディスコ エリジウム」の小規模なマップには、ありとあらゆる場所に手がかりや発見がちりばめられているとご紹介しましたが、本作にはマップのデザインを利用した巧みな環境ストーリーテリングが随所に用意されています。
例えば、主人公が記憶をなくした状態で目覚めるホステル兼カフェテリアでキムと合流し、僅かながら現状に関する情報を得て、いよいよ捜査だと勇んでカフェテリアを一歩でてみれば、目の前の小さな広場にかなり大きな亀裂が走っている。なんじゃこりゃとひび割れを辿っていくと、巨大なくぼみがあり、じいさんが2人でゲートボールのような遊びに興じていた。彼らに話しかけてあれこれ質問してみると、古めかしい制服姿のじいさんがここで過去に戦争が起こったこと、そして眼前の巨大なくぼみが重砲火によるものであることを教えてくれ、40数年が経ってもなお街中に戦争の爪痕が残る貧しい地区であること、革命の失敗の記憶と共にここの暮らしがあることなどが分かる、といった具合です。
「ディスコ エリジウム」には、こういった環境ストーリーテリングが無数に用意されていますが、特に面白いのはマップの環境デザインと個々の会話、世界の歴史が密接に絡み合っている点で、単にコデックスでロアを知るような受け身のアプローチではなく、能動的な捜査や探索を通じて段階的に複雑な世界を学ぶことができる非常に奥深いプログレッションを実現しています。
もう1つ面白い点として、本作はこういった要素を特にヒントや明示的な誘導を用意しないまま、街中に文字通り投げ出していることが挙げられます。これにより、前述のような仕込みに気付かないまま過ぎてしまうことがままある一方で、注意深く掘れば掘るほど新しい発見があり、オープンエンドな捜査や進行とも実に相性がよく、ゲームプレイにしばしば新鮮な感覚をもたらしてくれます。
■ マルティネーズ地区の建築について
マップと深く関係する要素として、マルティネーズ地区の建築も非常に見所の多い要素の一つです。
本作の舞台であるマルティネーズ地区を擁するレヴァショールは、かつて世界の中心と言われた大都市でしたが、元々はある王国の植民地として発展した経緯があるほか、40数年前の共産主義革命が武力鎮圧によって失敗に終わったことにより、特にマルティネーズ地区が壊滅的な被害を受け、(既に十分な発展を遂げているその他の地区とは異なり)十分な復興もままならない状況にあります。
本作に登場する数々の建築物は、こういった激動の歴史を雄弁に物語る生き証人のような存在であり、植民地時代と革命前の都市計画、革命後の荒廃、世界の貨物が行き交う港ならではの文化的な多様性も交わり、異なる様式の建築が小さな地区に混在する非常に不思議な街並みが息づいています。
具体的には、植民地時代の建築物はキューバやハイチといったカリブ海の植民地時代を参考にしているほか、革命前の都市計画や広場はパリからインスピレーションを得て、ここに1990年代東欧の建築様式を持ち込むことで、異なる年代の建物が混在する街並みを作り上げているわけです。
それでは、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の舞台となるマルティネーズ地区には、どんな施設や名所が存在するのか、序盤のゲームプレイでしばしば利用することになるロケーションと幾つかの見所をまとめてご紹介します。
■ 主人公が目覚める「ワーリング・イン・ラグズ」
前述の集合住宅とは大きく様式が異なるモダンな作りが印象的な「ワーリング・イン・ラグズ」は、1階がカラオケステージを備えたバー、2階が宿屋となっている3階立てのカフェテリア兼ホステル。主人公が目覚め、物語が始まる場所であり、様々な人達との出会いと交流、ドラマが描かれる非常に重要なロケーションの1つです。本作のオープンワールド環境の濃密さを非常に分かりやすく体現する最も象徴的な施設でもあります。
なお、店の裏庭には、店が利用している大型のゴミ箱と大きな木があり、殺人事件の被害者が吊されているほか、前回の特集で紹介したカオスな少年クーノが死体に石を投げつけています。
「ワーリング・イン・ラグズ」は一日の仕事を終えた主人公が休む宿泊場所でもあり、毎日20リァルの宿泊代が必要になります。ちなみに、店の奇妙な名前はSea Powerの楽曲“Hail Holy Queen”から引用されたもの。
■ 地元の本屋さん「犯罪とロマンスと偉人伝」
「犯罪とロマンスと偉人伝」は、ちょっとぶっきらぼうな女店主が経営するマルティネーズの書店で、店内にはジャンル別に分類された書棚が置かれ、犯罪小説や偉人たちの伝記、超常現象本、ファンタジー冒険小説といった数々の書籍に加え、地図やボードゲーム、テーブルトークRPGまで取り扱っており、実際に幾つかの商品を購入することができます。
書店には、エリジウム世界の大衆文化に関する愉快なネタが山ほど用意されているほか、店主が“呪い”として恐れる何やら仄暗い秘密が隠されている様子。
なお、書店で購入できる数々の書籍や幾つかのボードゲームは、どれも思わず笑ってしまうほど本格的な内容で、エリジウムを知るために極めて重要な役割を持つものから、実にバカバカしいエンタメ作品まで、かなり読み応えのあるものが揃っています。読んでいる最中に起こるキムやスキルとのやりとりも楽しく、特にボードゲームはキムと一緒に遊ぶこともできるので、お金に余裕が出てきたら是非あれこれ試してみてください。
余談ながら、“犯罪とロマンスと偉人伝”の店舗は、先ほどご紹介した古い集合住宅と繋がっています。この集合住宅は元々商業センターとして建てられたものでしたが、ある出来事から“呪われた商業地区”と呼ばれており、現在は廃墟となっています。
この建物の入り口には電子式のドアベルが備え付けられていて、かつてこの商業センターに入居していた企業や店舗の名称から、革命以前のマルティネーズがどれほど栄えていたのか窺い知れるのも興味深いところ。
■ 雑貨店「フリッテ」
「フリッテ」(Frittte)は、タバコや酒、合法的な薬(気力と体力用の回復薬)、ちょっとした日用品を取り扱う奇妙な綴りの雑貨店で、お店のロゴを模した恥ずかしい帽子を被らされた女性が店番をしています。
また、重要なサービスとして、店舗内に“空き容器換金マシン”と呼ばれる自動販売機型の機械が設置されていて、街中で拾った空き瓶を現金と交換してくれます(1瓶/10セント、10瓶で1リァル)。これは、序盤の貴重な収入源の一つになるので、存分に活用しましょう。なお、拾える空き瓶はハイライト機能で僅かに色が変わるので、細かなチェックをお忘れなく。
なお、気力と体力用の回復薬はアイテムとして入手できるわけではなく、購入した薬に応じて回復の使用回数が自動的に加算されます。一方、タバコと酒を購入した場合は、インベントリの道具タブに分類され、使用する際には装備スロットの右手もしくは左手に装備する必要があるのでご注意ください。
■ 質屋「鳥の巣ロイ」
「鳥の巣ロイ」は、町の質屋で、主人公の一部所持品が売却できるほか、古着や街灯、ステレオ、小像など、奇妙な質流れ品の販売を行っています。
謎のガラクタがところ狭しと並べられ、映写機が店内を怪しげな光で包む“鳥の巣”では、絵葉書や骨董品など、幾つかのアイテムを質に入れることができますが、(一部の例外を除いて)1度売却したアイテムは買い戻せないので、アイテムを手放す際は注意が必要です。
一風変わった店主のロイは、なかなか博識な人物でもあるので、色々と質問してみましょう。
■ その他
書店の西側に続く海沿いの小綺麗な通りを進むと小さな桟橋があり、波止場に巨大企業ワイルド・パインズの交渉担当者であるジョイス・メシエの美しいヨットが停泊しています。
前回の特集でご紹介した通り、彼女は捜査の進展に大きく関わる重要人物ですが、港湾労働者組合との交渉が決裂し、町に上陸できないまま足止めをくらっています。とにかく暇を持て余しているので、話し相手になってあげましょう。
こちらは環状交差点の中心に立つ騎馬姿の古いモニュメント。革命以前にレヴァショールを治めていた宗主国の最後の王をかたどったものですが、王の像は無数の竿やロープで固定されていて、まるで前衛芸術のよう。王の胸には銃弾の跡まであって、ここで何が起こったのかを静かに物語っています。
異なる時代の建物が混在するマルティネーズ地区には、高床式の巨大な木造建築物も存在しています。古いものらしく板張りの建物は雨風で痛んでいるように見えます。
スト破りで騒然としている交差点の外れで、陽気な外人さんが怪しげな露天を営んでいます。商魂たくましいおじさんは、出身地である異国の話題を教えてくれるほか、サングラスやスニーカー、服を売っているので掘り出しものを探してみてください。
かつてマルティネーズ地区に存在したコンピューター技術系企業の社屋に描かれたグラフィティ。よく見ると左端には(とある場所にも登場する)アインシュテュルツェンデ・ノイバウテンを象徴する一つ目人間(トルテカ文明の壁画に描かれていたもの)のシンボルが。ノイバウテンの名称は、ドイツ語で“倒壊する新建築物”を意味していて、過去の栄華をうかがわせる廃墟にこれほどぴったりな落書きはないでしょう。
ということで、今回の特集はここまで。次回の特集は、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に影響を与えた作品の後編をお届けしますので、お楽しみに。
■ 参考資料
Masterclass: Helen Hindpere Talks About Writing Disco Elysium: The Final Cut
Welcome to Revachol – A Digital Art Booklet for Disco Elysium
Disco Elysium Official Art Book
Fool’s Mate 1985 April N44
PC | PlayStation 4 | Xbox One | Wii U
PlayStation 3 | Xbox 360 | PS Vita | DS
Mobile | Movie | Rumor
Culture | lolol | Business | Other
RSS feed | About us | Contact us
かたこり( Twitter ):洋ゲー大好きなおっさん。最新FPSから古典RPGまでそつなくこなします。
おこめ( Twitter ):メシが三度のメシより大好きなゲームあんまり知らないおこめ。洋ゲー勉強中。