前回の第5回特集では、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」のスキルと主人公の関係、ナラティブ面の背景についてご紹介しました。
第6回となる今回の特集は、アビリティやスキルと並んで主人公のビルド構築に大きな影響を与える本作ならではの独創的なシステム「思考キャビネット」について掘り下げてみたいと思います。
参考:「ディスコ エリジウム」特集のリンク
- 第1回:傑作と謳われた「ディスコ エリジウム」は何が特別だったのか、発売当時の現象を改めて振り返る
- 第2回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の基本的な概要と魅力、日本語版のインプレッション
- 第3回:THE WIRE/ザ・ワイヤーから共産党宣言まで、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に影響を与えた作品について – 前編
- 第4回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の基本的なゲームシステムについて
- 第5回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」における“スキル”とは何か?
- 第7回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に登場する個性的な登場人物達と主要な勢力
- 第8回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」のオープンワールド環境と名所について
- 第9回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」に影響を与えた作品について – 後編
- 第10回:「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の作品世界“エリジウム”と政治ビジョンクエストについて
第4回の特集でもシステム的な概要をご紹介しましたが、改めて「思考キャビネット」の仕組みを簡単にまとめておきます。
“思考キャビネット”とは、ゲームプレイを通じて主人公が(スキルを含む)外部から学んだり、ふと思いついたりする様々な考え方やイデオロギー、主義、思想、指向、経済的な仕組み、超自然的な何か等を含む“思考”の入れ物のことを指しています。
このキャビネットに収まる“思考”とは、初期“Fallout”のTraitと“Civilization”の七不思議/世界遺産を組み合わせたような固有のボーナスを付与するパークのようなもので、主人公のビルドだけでなく、ゲームプレイの機能やストーリーに直接影響を与えるような副次的な効果も存在しています。
“思考”は、思いつくことで取得可能となり、“思考キャビネット”のスロットに収納すると一時的なボーナス(多くはデバフ)が有効化され、所定のゲーム内時間が経過すると特定のボーナスが初めて解禁される段階的な進行を特色としています。
ゲームメカニクスとして特徴的なのは、“思考”の内容やボーナス、外観を含む一切の情報が予め伏せられていることで、思いついた段階で一時的なボーナスや内容の一部、外観が判明するものの、最終的なボーナスは所定の時間が経過するまで一切分かりません。
また、思考キャビネットには、“思考”を収めるためのスロットが12個存在しており、4スロット目以降はスキルポイントを消費してアンロックする必要があるほか、習得した“思考”を忘れる場合もスキルポイントが必要で、忘れてしまった“思考”は2度と有効化できません。
「思考キャビネット」のシステムは概ね上記の通りですが、“思考”の面白いところは、スキル以上にぶっとんだ思考の内容そのものに加え、ストーリーの進行と地続きの密接な関係、そして濃密な作品世界の背景を紐解く興味深いロアにあります。
「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」には、実に53種もの“思考”が登場しますが、前述通りその具体的な内容こそ分からないものの、ゲーム開始後ほどなく、早ければ十数分程度で最初の“思考”とキャビネットへのアクセスが解禁され、思考53種の名称が判明します。(※ 1度のプレイスルーで全てを解禁することはできません)
この名称だけでもかなり面白いので、幾つか印象深いものを紹介してみましょう。
「黙示録刑事」、「マゾフ派社会経済学」、「説明不能なフェミニスト・アジェンダ」、このあたりはプレイスタイルやイデオロギーに絡むものだろうと、ある程度の見当は付きます。
一方、「体積くそ圧縮機」(Volumetric Shit Compressor)、「過剰生産気味名誉腺」(Overproductive Honour Glands)、ここまでくると全くもって意味が分かりませんが、実際これを解除してみると、驚くべきことにもっとワケの分からない内容が明らかになり、途方に暮れることになります。
こういった“思考”は、「ディスコ エリジウム」において主に人々との会話を通じて得られる心もしくは精神面の報酬・戦利品であり、前述したボーナスだけでなく、ゲーム内における評判・評価システムや刑事としてのスタイル、思想的な属性まで内包する大きな役割を果たしています。
■ 「思考」と評判・評価システム
第2回の特集において、プレイヤーの行動やちょっとした会話、やりとりが非常に複雑な相互関係を生む“マイクロリアクティブ”というシステムについてご紹介しましたが、「ディスコ エリジウム」におけるプレイヤーの行動や発言は文字通りゲーム内でトラッキングされており、プレイヤーの格好やバカな発言、誰かを助けたといった行動を住民達がしっかり覚えていて、細かな変化や反応を見せてくれます。
実のところ、プレイヤーのこういった行動や発言は、プレイヤーの人格を構成するスキル達も裏でチェックしており、特定の特性や指向を示す発言(例えば、芸術への傾倒や自分自身に対する妄想、無くした記憶へのこだわり等)の傾向に基づいて、固有のスキルが特定の思考をもちかけるような、評価システムとしても機能しています。
これは、結果的にプレイヤーの行動や考え方に沿った“思考”がもたらされることを意味しており、後述する属性との関わりを含め、プレイヤーのロールプレイをさらに充実させる要素としても役立つことになります。
■ 「思考」の時間的な変化
“思考”には、本来のボーナスが得られるまで、段階的な進行が存在する旨をご紹介しました。
これは、“思考”がある種の問題意識の芽生えから始まることに起因していて、問題点や疑念として得た(まだ得心していない)“思考の芽”を精神の研究所である“思考キャビネット”に保管することで、そのことに思いを巡らせ、アイデアやこだわりを十分に練り上げることによって、はじめて思考を取り入れる内面化に成功します。
これによって、個々の問題点に対する解決策や疑念に対する納得を見出し、その結果として個々のトピックに関連するボーナスやペナルティが解禁されるのです。
また、問題点の内面化を進めている間は、問題があることに気がついたという意味で、固有の名称を持つペナルティが用意されており、この問題点やペナルティ、解決にいたった際の策、そして最終的なボーナスとペナルティまでセットにした時間的な変化や内容、そこに用意されたテキスト全てが“思考キャビネット”の見所だと言えるでしょう。
なお、内面化期間中のペナルティは、概ね特定のスキルレベルが一時的に-1となるようなものが多いものの、一部にはスキルの強化やペナルティ無し、さらにはとんでもないペナルティが科せられるものもあります。
また、内面化を終えた“思考”のボーナスや効果には、特定スキルの強化や学習上限の増加、経験値ボーナス、リァルの入手ボーナス、特定状況下における体力や精神の回復といったものが含まれますが、中にはダイスロールに影響を与えるものや、キャラクターとの会話に影響を与えるもの、薬物効果を拡張するもの、ゲームプレイの機能に影響を与えるようなもの、ゲームプレイの展開に影響を与えるものなど、多種多様な結果が待ち受けています。
■ 「思考」が示すプレイヤーの属性
また、“思考”の中には、ダンジョンズ&ドラゴンズのアライメントに似たプレイヤーの属性を象徴するものも存在します。
一つの軸は4種の刑事タイプ、スーパースター刑事と黙示録刑事、面目ない刑事、つまらない刑事。もう一つの軸は、4つのイデオロギー、共産主義者とファシスト、ウルトラリベラル、倫理主義者の4種です。
これを決定づけることの詳細については言及を避けますが、これらを組み合わせることで、共産主義的なスーパースター刑事や倫理を重んじる黙示録刑事、リベラルなのに謝ってばかりの刑事など、様々な主人公の属性を作ることができ、アビリティとスキル、思考、属性からなる天文学的な規模のバリエーションによって思いのままのロールプレイを楽しむことができるわけです。
前述の通り“思考”は、伏せられたカードのようなもので、めくってみるまで何が描かれているのか分かりません。
ここでは、主人公が自身のふがいなさを謝罪するなかで、自分はダメな人間だと認識することで利用可能となる思考「厳しい自己批判」を例に取り、問題の気付きと内面化中のペナルティ、最終的な解決・納得の内容と具体的なボーナスの中身を見てみましょう。
なお、問題点と解決策のテキストについては、文章そのものがお楽しみの一つであるため、完全な引用は行わず、こちらで簡略化したハイライトをご紹介します。
■ “厳しい自己批判”によって見出される問題点
主人公は自分が哀れなくそ野郎であることに気がつき、刑事としての自信を失い、そもそもこの仕事に向いていないのではないかと考えはじめています。
ただ、酷い失態が全て“自分”のせいであることは間違いがないので、これを見つめ、本気で自己批判すべきだと考えます。そうすれば、罪悪感のなかから、重要な何かが見つかるかもしれません。
内面化中の一時的な研究ボーナスは「業界の恥」。自信の喪失によって“権威”スキルが[-1]されます。
■ “厳しい自己批判”の解決策
過去に行ってきた酷い行いの数々(※ 実際の解決策には、酷い行いの具体的な内容がまとめられています)を鑑みるに、自分自身がくそ野郎であることは変えようのない事実だと納得します。
そして、恵まれた状況や才能を活かさず、甘い苦悩に身をゆだね、毒に溺れることで人生に負けてしまったことを自覚し、これを克服しない限り、自分の人生は今後も苦悩だけが勝ち続けてしまうことに気がつくのです。
思考の最終的なボーナスは以下。
- 知性と精神のレッド・スキルチェックに失敗すると気力+1
- 肉体と運動のレッド・スキルチェックに失敗すると体力+1
- 痛覚閾値の学習上限が6に増加
- ※ つまり、問題の気付きによって一時は権威が失われたが、解決策を見出すことで失敗をものともせず回復するようになり、あまつさえ痛みにも強くなることが可能となったわけです。
全ての“思考”に、こういった問題点の気付きと固有のペナルティ、問題に対する解決策、最終的なボーナスが用意されているのですが、一点特筆すべき点として、解決策が何かを啓示しているケースがあります。
中には、特定の行動を促すようなものもあり、それによって新しい何かが見出されるような場合もありますので、思考の問題点と解決策のテキストはよく味わって読むことをオススメします。
また、以下に“思考”の名称のみをまとめておきますので、来る発売に向けてどんな“思考”が存在するのか、想像を巡らせてみてはいかがでしょうか。
■ 参考:全53種の“思考”名一覧
- 孤独な遠き家路
- レヴァショール人の国家意識
- ギョーム・ル・ミリョン
- 説明不能なフェミニスト・アジェンダ
- 浮浪刑事
- エース・ハイ
- エース・ロー
- 肉体装置コーチ
- 体積くそ圧縮機
- トルクおたく
- 厳しい自己批判
- ある種のスーパースター
- 黙示録刑事
- マゾフ派社会経済学
- 標準的な法執行者
- 間接的な課税方法
- 良心の王国
- 弓形集電器
- 白い哀悼
- 香りつきチューインガム(アプリコット味)
- 痛烈な残響
- クストー刑事
- 開拓の牛飼い
- 実質的芸術学位
- 過剰生産気味名誉腺
- 指鉄砲(9ミリ口径)
- マグネシウム生命体
- 法の執行(法のあご)
- 高等人種理論
- 反物質特殊部隊
- ジャムロック歩き
- 遠隔透視課
- 南の高速道路
- オピオイド受容体拮抗薬
- 出生日ジェネレーター
- 同性愛者地下クラブ
- アルノ・ファン・エイク
- フェアウェザーT-500
- サーチライト課
- もうひとつのドア
- コンタクト・マイクの連祷
- ハードコアの美学
- いつでも押せる緊急脱出ボタン
- コル・ド・マ・マ・ダクア
- 現実の荒野
- クラス・マゾフの自殺
- 不安定な世界
- 部屋掃除
- 未視体験(現実感喪失)
- ウォンプティ・ドンプティ・ドム・センター
- 破産シーケンス
- インスリンデの奇跡
- 15番目のインスリンデ族
“思考キャビネット”といえば、禍々しくも神々しい謎に満ちたビジュアルも大きな魅力の1つですが、この緻密なイラストは、絵画的な筆致で大胆かつダイナミックに描かれたキャラクターやスキルのポートレート、ロケーション等を担当したアートディレクターのAleksander Rostov氏やリードアーティストKaspar Tamsalu氏によるものではなく、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』にも参加したエストニアのコンセプトアーティストAnton Vill氏が担当しています。
“思考キャビネット”は、ゲームに登場する53種の思考を一枚に織り込んだ巨大なタペストリーとして描かれており、一見したところキャンパスを隅々まで埋め尽くす過剰なホラー・ヴァキュイ/空間畏怖的傾向が顕著な一方で、実はディテールの密度や複雑さが注意深く配置されており、しっかり個々の思考が周囲のディテールと一体化することなく知覚できる非常に洗練されたデザインが施されています。
なお、“思考キャビネット”が現在の形式とアートに落ち着くまで、かなりの試行錯誤が繰り返されており、当初はロシアのアバンギャルドな未来派にインスパイアされたシンプルでクリーンな幾何学模様や、異なる色を思考やアイデアに見立て互いに混じり合うような極彩色の万華鏡(これは、Stanley DonwoodがRadioheadの名盤『In Rainbows』向けに手がけたアブストラクトな一連のアートワークに影響を受けたアイデアだった)などを追求していたものの、満足のいく刺激的なビジュアルに至らず。その後も長い悪戦苦闘を経て、最終的にKaur Kender氏がAnton Vill氏への依頼を思いついたことで、この禍々しい思考達の誕生に至ったことが知られています。
同様のエピソードとして、本作の顔とも言えるあれこれうるさいスキル達も、開発の中盤ごろまでは擬人化さえされておらず、当初は「発言は分かりにくいが、恐らくウソをついている」というようなシンプルで実用的な情報だけを淡々と伝える機能の1つでしたが、これもアイコンのデザインで苦戦。様々な試行錯誤を繰り返していたものの、たまたま一日の終わりにRobert Kurvitz氏がネットの面白画像なんかを皆で眺めながら議論していた際に、“もういいよ、変なポートレートでも出してみようか”という話になり、Aleksander Rostov氏が翌日にスキルの顔を描き始めたことが直接的なきっかけとなって、現在の個性的で愉快なスキル達の誕生に繋がったことが知られていました。(もし、思考とスキルが全てアイコンで描かれ、なんの個性も持っていなかったら、さぞかし味気ない「ディスコ エリジウム」が出来上がっていたでしょう)
余談ながら、Anton Vill氏は思考キャビネット以外にも、「ディスコ エリジウム」の核心的なテーマに深く関わる数枚のアートを描いていて、ZA/UM公式Shopにて3種のアートプリント(殉教者をテーマに描く“CRÈME BRÛLÉE”と革命家達を描いた“REVOLUTIONARIES”、革命と虐殺、王権の失墜を描いた“HORSEY HORSE”)が販売中です。また、氏の公式サイトやInstagramでも様々な作品が公開されていますので、強烈なアートワークに魅了されてしまった方はこちらもチェックしておいてはいかがでしょうか。
ということで、「ディスコ エリジウム ザ ファイナル カット」の思考キャビネットに関する第6回の特集はここまで。次回の第7回は、本作に登場する個性豊かなキャラクター達や多彩な勢力について、あれこれ掘り下げてみたいと思います。
■ 参考資料
ZA/UM Facebook
Disco Elysium DevBlog
DISCO ELYSIUM – Art stream with Kaspar & Rostov (LudoNarraCon ’21)
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